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あれから5年、南三陸町

5年前の3月11日14時46分、東北地方一体を襲った未曽有の大地震。

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復興が進んでいるところもありますが、未だ多くの方が仮設住宅に暮らし

女川や南三陸など復興の糸口が見えていません。

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昨年9月に参加した東北復興イベント「ツール・ド・東北」

津波の爪痕が残る女川に出来た石巻線「女川駅」 ほっとできる場所です。

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女川駅からクルマで2~3分のところ。津波の傷跡が残っています。

イベントの前日、とおりすがりのご婦人と話をしました。仮設住宅に住んでいて、

お嬢さんがイベントに参加するため東京から帰ってきてるんだそうです。

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左にあるのは南三陸町の防災対策庁舎。

津波が来るまでは、ごく普通の街。近隣は住宅や倉庫などが立ち並んでいた街です。

津波で街が破壊され多くの人命を失い、鉄骨の骨組みだけが保存されています。

自然の脅威を前に建築はいつまでも残るものではないということを実感しました。

それでも建築のもつ力を信じたい。

自分にできることは何か。

いろいろ考えながら170kmペダルを回しました。





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